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宮崎地方裁判所 平成3年(ワ)271号 判決 1994年10月21日

原告

林好美

外二六名

原告ら訴訟代理人弁護士

成見正毅

成見幸子

後藤好成

中島多津雄

西田隆二

真早流踏雄

岡村正淳

吉田孝夫

被告

フェニックスリゾート株式会社

右代表者代表取締役

佐藤棟良

被告訴訟代理人弁護士

殿所哲

主文

一  原告らの本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告ら

1  被告は、別紙(一)物件目録記載の土地において、立木の伐採、樹根の採掘、開墾、その他土地の形質を変更する一切の行為をしてはならない。

2  被告は、別紙(一)物件目録記載の土地において、ゴルフ場の建設、ホテル建物その他建築物の建設、その他一切の工事をしてはならない。

二  被告

1  (本案前の答弁)

主文第一項同旨

2  (本案に対する答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

本件は、別紙(一)物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)において、ゴルフ場、ホテル、ホール、ウォータープール等のリゾート施設を建設することを目的として、被告が行い、または行う予定の立木の伐採、樹根の採掘、開墾、その他土地の形質を変更する一切の行為(以下「本件形質変更行為」という。)及びゴルフ場の建設、ホテルその他の建築物の建築その他一切の工事(以下「本件建築物等建設工事」という。)により、原告らの財産、生命、身体、健康、その他より快適な生活環境を維持する利益等が侵害されると主張して、原告らが、財産権、人格権、環境権または自然享有権に基づき、右各行為の差止めを求めている事案である。

一  争いがない事実及び証拠上明白な事実

1  当事者

原告らは、いずれも宮崎市内に居住する者であり、被告は、リゾート施設の建設及び運営を目的として、宮崎県及び宮崎市のほか民間企業等が共同出資するいわゆる第三セクター方式により昭和六三年一二月二七日に設立された株式会社である、(弁論の全趣旨)。

2  本件松林の機能

本件土地はその東側に日向灘をひかえ、本件土地及び付近一帯には後記3の被告の開発行為以前からクロマツを主体とする森林が分布し、それにつき潮害防備保安林の指定を受けている。本件土地上の松林(以下「本件松林」という。)は、右保安林の指定を受けた国有林に属し、高潮、津波及び塩害を防止する用途目的があるほか、事実上の機能として、防風及び飛砂防止を果たしている。

3  本件土地における被告の開発行為

(一) 宮崎営林署長は、被告の申請に基づき、平成三年一月三一日、被告に対し、本件松林のうち別紙(三)図面の赤線で囲まれた範囲一三三万七六五一平方メートルの国有林について、被告が別紙(四)の事業用施設を設置するための国有財産法一八条三項に基づく使用許可をした。また、宮崎県知事は、同月三〇日、右使用許可がされた範囲内の土地のうち概略別紙(五)図面の黒色で表示した部分合計六一万一五四九平方メートルについて、被告に対し、被告の前記施設を設置するための作業を行うため、土砂若しくは樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為を許可する処分をした(乙三二、三三、四七の一、二)。

(二) 被告は、前記(一)のとおり宮崎営林署長から使用許可を受け、宮崎県知事から形質変更許可を受けた後ころから、本件土地のうち右使用許可を受けた部分の一部である形質変更許可を受けた部分の本件松林を伐採して土地を開墾したうえ、順次以下のような施設を建設、設置した(本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事のうち、被告が計画し、現に実行したこれらの施設の建設、設置及びそのために本件松林を伐採、開墾した行為を以下「本件開発行為」という。)。なお、これら施設の設置状況は、概ね、別紙(二)図面のうち、被告が使用許可を受けた範囲(別紙(三)図面)に相当する部分に記載されている各施設の概要図のとおりである(乙五一の三、弁論の全趣旨)。

(1) スポーツ・レクリエーション施設

ゴルフ場一八ホール(クラブハウス、駐車場及び管理施設等を含む。)

三五万三四三七平方メートル

テニスコート屋外一六面、屋内四面(駐車場及び管理施設を含む。)

三万七二五一平方メートル

ウォーターパーク屋根開閉式ドーム水泳場(駐車場及び外部ショップを含む。)

八万七七七五平方メートル

(2) コンベンションホール(機械棟及び付帯展示広場等を含む。)

二万六九七三平方メートル

(3) 宿泊施設

ホテル(地下二階付地上四三階建、客室七五三室の建物。付帯ホールを含む。)

九四二五平方メートル

長期滞在者向け一戸建てコテージ一三棟(プール、アミューズメント(遊戯施設)及び駐車場を含む。)

一万三九五四平方メートル

長期滞在者向けマンションタイプのコンドミニアム(一二階建、客室一四三室の建物。プール、フィットネスクラブ及び駐車場を含む。)

七四九七平方メートル

(4) 販売施設

ショッピングモール(食堂、ファッション、アミューズメント施設等)

一万一三四六平方メートル

システムモール(各施設の連絡道及び駐車場)及びアプローチ園路等のサービス施設

七万二三二〇平方メートル

二  当事者の主張及び争点

1  原告らの主張

(一) (原告らの居住地域等)

原告らは、いずれも本件松林西方概ね五キロメートル以内の後背地に土地、建物を所有し、または建物を賃借して居住している者であり、本件松林を含む一帯の保安林によって、直接に各種の災害からの保護を受けるべき地位にあるほか、本件松林をレクリエーションの場として使用していたものである。

(二) (原告らの保護法益の侵害)

(1) 本件松林は、潮害防備保安林として、潮風の中の塩分を大量の松の木に付着させて、風下の塩分を減少させるとともに、海からの気流を攪乱し、渦動、拡散させることによって塩分濃度を減少させる機能があり、潮風によりもたらされる塩分が、農作物の成長を低下させたり、自動車あるいは建築物等の金属部分を腐食させたり、生活用具を湿らせることによる被害を防止しているものである。また、本件松林の存在する一ツ葉浜海岸一帯は、台風が頻繁に通過し、高潮防災地域に指定されているのみならず、地震が多く、津波の危険の高い日向灘に面している地域であるが、潮害防備保安林に属する本件松林は、海岸付近において発生する津波や高潮に対して漂流物の移動を阻止し、摩擦抵抗により水の勢いを減らして被害を減少させる機能を有している。

本件形質変更行為による本件松林の中心部分の約六二ヘクタール、一〇万本に及ぶ松の大量伐採は、本件松林が有していたこのような塩害を防止する機能及び津波や高潮の被害を減少させる機能を低下させ、原告らの、生命、身体、財産を侵害するおそれが生じることとなる。

(2) 本件松林は、台風の際に海から吹きつける強風や飛砂から海岸の後背地を防護する機能も有している。

本件形質変更行為により本件松林内の松を大量に伐採することは、このような強風や飛砂から海岸の後背地を防護する本件松林の機能を低下させ、原告らの生命、身体、財産が侵害されるおそれが生じることとなる。

(3) 一ツ葉浜海岸は、動植物の観察とふれあいの場であり、本件松林を含む広大な森林は、付近の小中学校の遠足の場として、また、松露拾いや森林浴の場として原告らを含む多くの宮崎市民がいつでも自由に利用してきたものであり、本件松林は、宮崎市民の憩いとレクリエーションの場となっている。

本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事は、本件松林の中心部分の松を大量に伐採し、除去するのみならず、被告が約一三四ヘクタールにわたってゴルフ場用地及びリゾート施設用地として排他的に本件松林を占有使用するものであり、原告らを含めた宮崎市民はこれを自由に利用することが不可能となり、その利益が侵害されることになる。

(三) (原告らが差止めを求める法的根拠)

(1) 原告らは、前記(一)のとおり、いずれも本件松林の西方概ね五キロメートル以内の地域に土地、建物を所有し、または建物を賃借して居住している者であるが、前記(二)(1)及び(2)のとおり、被告が本件松林の松の立木を大量に伐採し、その跡地に巨大な建築物等の施設を建設することにより、本件松林が有している塩害防止機能、津波、高潮の被害減少機能及び強風や飛砂からの防護機能が喪失または減少し、その結果原告らの土地、建物等に対する所有権その他の権利が侵害されるおそれを来すことになる。

したがって原告らは、被告に対し、被告が行う本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める物権的請求権を有する。

(2) 人の生命、身体の自由は、最大限に尊重されなければならず、これらが侵害されるような場合には、人格権に基づき侵害行為を排除する請求権が認められる。

被告の行う本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事は、前記(1)のとおり、本件松林が有する各種の機能を喪失あるいは減少させるものであり、これにより原告らの生命、身体の自由が侵害されるおそれが生じることになる。

したがって原告らは、被告に対し、人格権に基づき、本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める請求権を有する。

(3) 国民は、生命、自由及び幸福追求に対する権利を保障した憲法一三条により、また、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障した憲法二五条により、良好な環境を保全する権利、すなわち環境権または自然享有権を保障されており、みだりに環境を破壊または侵害し、あるいは国民の生命、自由及び幸福追求に対する権利または健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害する者に対して、環境権または自然享有権に基づき、侵害行為の排除を求める請求権が認められる。

原告らは、前記(一)のとおり、いずれも本件松林の西方概ね五キロメートル以内の地域に居住して、本件松林をレクリエーションの場として利用していたものであるが、被告が本件松林の松を大量に伐採し、レジャー施設等を建設することにより、前記(二)(3)のとおり、原告らが享受していた生活環境及び自然環境の利益が著しく侵害され、破壊されることになる。

したがって原告らは、被告に対し、環境権または自然享有権に基づき、本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める請求権を有する。

2  被告の本案前の申立てに関する主張

(一) 民事訴訟において審判の対象となる請求は、実体法上の請求権を指すものであり、請求権ごとに他の請求権と識別が可能なように主張され、そのように主張されたときに、民事訴訟制度によりその存否が判断確定されることとなり、その結果、存在するものとされた右請求権が保護されるというものである。

しかるに、本訴における原告らの主張(請求原因)は、被告の行う本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事によりどのように原告らの権利が侵害されるのか、また本件開発行為を原因としてどのような因果関係で原告らの権利侵害の結果が生じるか明らかではない。

したがって、原告らの本訴請求は、請求原因で主張されている事由のみによっては、請求権としての特定を欠き、民事訴訟により存否が確定され、保護されるべき具体的な権利に関する主張とはいえないから、不適法である。

(二) 原告らの本訴請求は、被告に対し、本件土地における本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めるというものである。

ところで、本訴請求は、被告に対し、不作為を求めるものであるところ、不作為を求める訴えは、その性質上、常に将来の給付の訴えの性質を有する。将来の給付の訴えは、民訴法二二六条によれば、予めその請求を為す必要がある場合に限り提起することができる。

しかるに、被告の本件開発行為は既にほぼ完了し、被告には、本件土地において本件形質変更行為に該当する行為をする予定は今後ともなく、施設等の建設工事については、各スポーツ・レクリエーション施設(ゴルフ場、テニス場、水泳場)、コテージ、コンドミニアムその他については既に竣工して平成四年七月一日に営業を開始し、現在営業中であり、その余のコンベンションホール、ホテル、ショッピングモール、システムモールその他の施設もすべて竣工し、現在は平成六年一〇月末日に営業開始を予定している段階であって、本件土地において他に施設等の建設をする予定もない。

したがって、本訴請求は、その差止めの目的を失っているとともに、予めその請求をする必要性もなくなっているから、訴えの利益を欠くものである。

3  原告らの主張に対する認否及び反論

(一) 原告らの主張(一)の事実は不知であり、主張は争う。

(二)(1) 原告らの主張(二)(1)のうち、本件松林が潮害防備保安林であり、塩害を防止する機能及び津波や高潮の被害を減少する機能を有していることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

被告が本件松林のうち立木を伐採した土地の面積は、宮崎営林署長から使用許可を受けた全体の範囲とその周辺の許可を受けていない国有林とをあわせた面積のうち、約三七パーセントを占めるにすぎず、またこれと国有林東側に隣接した県有林の面積をあわせた面積のうち、約二五パーセントを占めるにすぎないから、被告が行った程度の本件松林の一部伐採によっては、本件松林の空中塩分捕捉機能、防潮機能、防浪機能等が侵害されることはない。また、本件松林は高潮防災地域に指定されておらず、防浪効果が期待されているのでもない。

(2) 原告らの主張(二)(2)の事実は否認し、主張は争う。本件松林は、防風、防砂を目的とした保安林ではない。

(3) 原告らの主張(二)(3)の事実は否認し、主張は争う。

仮に本件松林が原告らを含む宮崎市民の一部の者の憩いとレクリエーションの場として使用されていたとしても、右使用による利益は反射的なものにすぎず、原告らにとって法的に保護されるべき利益ということはできない。

(三)(1) 原告らの主張(三)(1)のうち、本件松林が塩害防止機能及び津波、高潮の被害減少機能を有していることは認め、その余の主張は争う。

(2) 原告らの主張(三)(2)の主張は争う。

個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、これらが侵害されるような場合には、人格権に基づく妨害排除請求権が認められるが、人格権は、私権として絶対権の性質をもち、極めて広い内容をもつのであるから、差止請求が認められるかどうかは、他の権利との利益衡量により決められるべきものである。

ところが、原告らは、具体的に権利侵害の程度を主張していないので、被告が本件形質変更行為または本件建築物等建設工事を行わなかった場合に原告らが受ける損害ないしは不利益の程度とこれを行った場合の損害ないしは不利益の程度とを比較衡量することができない。このように原告らが具体的に権利侵害の程度を主張しないのは、原告らに差止請求により保護されるべき人格権がないからである。

(3) 原告らの主張(三)(3)の主張は争う。

いわゆる環境権は、実定法上の根拠がなく、これを権利性のある法的利益と認めることはできない。憲法一三条及び二五条は国の国民一般に対する責務を定めた綱領規定と解すべきで、個々の国民に対し何らかの具体的な請求権を認めた規定ではないから、環境権を認める根拠規定にはならないし、国や公共団体が環境保全に務めることは当然としても、このことから直ちに公害の私法的救済の手段としての環境権が認められることにはならない。

また、環境権に基づく差止請求についても、環境権そのものがその根拠や概念において必ずしも明確であるとはいい難いばかりではなく、一部の者に排他的な環境の支配権を認めることは疑問であるから、認められない。

4  被告の本案に関する主張

(一) (本件開発行為に至る経緯と法的規制)

(1) 宮崎県は、地域振興を図るために、昭和六二年六月、総合保養地域整備法(いわゆるリゾート法)が施行されたことにともない、「宮崎・日南海岸総合保養地域の整備に関する基本構想」を策定し、昭和六三年七月五日、同法五条に基づく主務大臣の承認を受けた。

(2) 本件松林が存在する一ツ葉浜海岸地区一帯は、交通の利便性が極めて高く、宮崎県におけるリゾートの窓口的な位置にあり、この地区においてリゾート施設の整備を行うことは、県内観光、リゾートの振興に大きく寄与し、あわせて地域の生活環境基盤の充実を促進することになる。被告は、宮崎県、宮崎市及び民間企業一一社等の共同出資により設立され、国際会議場、ホテル、水泳場、ショッピングモール、ゴルフ場等の整備を行っているものであるが、これらの諸施設は一ツ葉浜海岸地域一帯のリゾート開発において重要な役割を担うものである。

(3) これらの諸施設の整備は、都市計画公園区域及び国有保安林を活用して展開するものであるため、被告は、宮崎県知事に対し、平成二年二月五日、都市計画法五九条四項に基づく都市計画事業として宮崎広域都市計画公園事業の申請をするとともに、事業の実施に必要な六一万一五四九平方メートルについて保安林の指定の解除を申請した。これに対し、宮崎県知事は、保安林の指定の解除について熊本営林局長に照会し、同局長から解除に異議がない旨の回答を得た上で、同年三月六日、農林水産大臣に対し、前記六一万一五四九平方メートルについて、都市計画公園事業用地とするため、森林法二六条二項及び二七条一項に基づく保安林の指定の解除を申請した。

その後農林水産大臣は、宮崎県知事に対し、同年四月一八日、森林法二九条に基づく右申請にかかる部分につき保安林の指定の解除の予定通知をした。宮崎県知事は、被告に対し、同日、都市計画事業を認可するとともに、同月二四日、森林法三〇条に基づく保安林の指定の解除の予定通知の告示を行った。

(4) 熊本営林局は、平成二年一二月一八日、宮崎一ツ葉浜海岸地域約三六〇ヘクタールを森林空間総合利用地域として指定し、ホテル、水泳場、ショッピングモール、ゴルフ場等の施設設置計画を公表した。

被告は、宮崎営林署長に対し、同年一二月二〇日、都市計画事業及び森林空間総合利用整備事業を実施するため、本件開発行為に係る国有林一三三万七六五一平方メートルの使用許可を申請し、前記一3(1)のとおり、平成三年一月三一日、宮崎営林署長から、国有財産法一八条三項に基づく使用許可を受けた。また、被告は、宮崎県知事に対し、平成三年一月一四日、右使用許可を受けた範囲のうちの前記(3)の合計六一万一五四九平方メートル部分について森林法三四条二項に基づく土石または樹根の採掘、開墾その他の形質変更行為許可を申請し、同日、森林法施行規則二二条の八第二項に基づく本件土地上に生育する立木について伐採届を提出し、前記一3(1)のとおり、同月三〇日、宮崎県知事から右部分につき形質変更許可を受けた。

(二) (本件開発行為の社会的、経済的効果)

(1) 被告は、ホテル等が開業する平成六年一〇月までに二三〇〇人の従業員を採用する予定である。このことは、宮崎に二〇〇〇人規模の雇用を可能とする新規企業が出現したこととなり、地場産業の振興に貢献する。また各スポーツ・レクリエーション施設等が開業した平成四年七月以降、宮崎空港利用客数も宮崎市内のホテル、旅館の利用客数も増加しており、また、九州旅客鉄道株式会社が、日豊本線に新型車両を投入したほか、宮崎キャンペーンとして様々な企画、商品販売を行っている。

これらのことからすれば、本件開発行為は、宮崎県において、サービス部門に対する需要の拡大をもたらすことになる。

(2) 本件開発行為は、以上の他に、巨大施設を作るのに伴う建設関連産業の新規需要の増大、ゴルフ、テニス、マリンスポーツ関係の市場への波及効果、食品関連のマーケットの広がりによる県内農林水産業への波及効果及び県内各地方自治体の地域振興に対する意欲の増進等の社会的、経済的効果がある。

(三) (小括)

本件開発行為は、以上(一)及び(二)のとおり、法的に正当な手続がとられ、しかも公共性が高いものであるから、仮に、これにより原告らの保護法益を侵害するおそれをある程度生じたとしても、原告らの受忍すべき範囲内であり、違法ではない。

5  被告の主張に対する原告らの反論

(一) (被告の本案前の申立てに関する主張に対して)

原告らの本訴請求は、前記1(一)及び(二)における主張で、請求権が十分に特定されており、各原告の個別的な権利、保護利益の詳細は、被侵害利益全体の立証の中で明らかにされれば足りるものである。また、原告らの本訴請求における被告に対する請求権は、前記1(三)において主張したように具体的な権利に基づくものである。

(二) (被告の本案に関する前記4(一)の主張に対して)

被告が宮崎営林署長から本件松林の使用許可を受けていること及び宮崎県知事から本件松林内での樹根の採掘、開墾作業等について土地の形質変更許可を得ていることは認めるが、右使用許可及び土地の形質変更許可は次の(1)、(2)のとおり違法な処分であり、また被告の行っている開発行為にも次の(3)ないし(6)の違法事由がある。

(1) 国有財産法一八条三項によれば、本件松林のような行政財産は、用途または目的を妨げない限度においてその使用または収益を許可することができるとされている。

ところが、本件開発行為における松林の使用は、総面積一三三万七六五一平方メートルにわたって、コンベンションホール、ホテル、ウォーターパーク等のリゾート施設用の堅固で巨大な建築物を建設するとともに、一八ホールからなるゴルフ場を造成するというものであり、このために、一〇万本に及ぶ大量の松が伐採され、六一一万平方メートル余の土地が裸地となる。このような本件開発行為は、本件松林のような行政財産の用途または目的を妨げるものである。

したがって、宮崎営林署長がした使用許可処分は、国有財産法に違反した違法な処分というべきである。

(2) 森林法三四条五項によれば、都道府県知事は、土地の形質変更行為許可の申請があった場合には、その申請に係る行為がその保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き、許可をしなければならないとされている。

本件松林が、潮害防備保安林の指定を受けたのは、高潮、津波及び塩害を防止する用途目的からである。しかるに本件開発行為は、本件松林の中心部分に存する松の立木を大量に根こそぎ除去したうえ、裸地とする開墾行為であるから、本件松林が潮害防備保安林の指定を受けた目的の達成に支障を及ぼすものであることが明らかである。

したがって、宮崎県知事がした形質変更許可は、森林法に違反した違法な処分である。

(3) 国有財産の使用は、公共財産の存在する目的、趣旨からして、使用内容に一定の公共性があることが必要であり、かつ、目的以外の使用である場合には、使用しなければならない相当な必要性を要する。ところが、被告が建設し、経営しようとしているリゾート諸施設は、料金が相当高額なもので公共性があるとはいえず、また、本件松林が存在する宮崎市周辺にはすでに十分なゴルフ場が設置されているかまたは造成中であり、ゴルフ場をさらに造成する必要はない。このことからすれば、本件開発行為にともなう本件松林の使用は、公共性も必要性も欠如したものである。

(4) 本件松林のような国有林野を国以外の者に貸付けまたは使用させることができる場合は、国有林野法七条一項によれば、その用途または目的を妨げない限度において、①公用、公共用または公益事業の用に供するとき、②土地収用法その他の法令により他人の土地を使用することができる事業の用に供するとき、③放牧または採草の用に供するとき、④使用させる面積が五ヘクタールを超えないときに限定されている。

本件松林の使用は、以上のいずれにも該当せず、国有林野法に違反している。

(5) 本件松林の立木の伐採について、被告は、森林法により必要とされる宮崎県知事の許可を得ていない。したがって、被告の行っている本件松林における伐採は森林法に違反したものである。

(6) 平成二年六月一一日付け林野庁長官通達「森林における開発行為の許可基準の運用細則の一部改正」は、主に民有林を対象に、保安林以外の森林における開発行為の適正をはかることを目的として、従来の森林内開発許可基準の一部を改正したものである。

右通達に定められた森林内開発の許可基準によれば、森林内のゴルフ場の造成については、森林率は概ね五〇パーセント以上とし、原則としてホール間に幅概ね三〇メートル以上の残置森林を設置するものとされており、また森林内の宿泊施設やレジャー施設の設置については、森林率は概ね五〇パーセント以上とし、原則として周辺部に幅概ね三〇メートル以上の残置森林または造成森林を配置し、レジャー施設の開発行為にかかる一箇所あたりの面積は概ね五ヘクタール以下として、事業区域内にこれを複数設置する場合は、その間に幅概ね三〇メートル以上の残置森林または造成森林を配置するものとされている。

本件松林は、国有林であるから、民有林を主たる対象とした右通達の許可基準の趣旨はより厳格に尊重されなければならないはずである。ところが、本件開発行為は、右許可基準にことごとく適合しておらず、本件松林の森林としての機能を大きく損ねるものである。

(三) (被告の本案に関する前記4(二)の主張に対して)

産業の振興や経済的な浮揚を理由に貴重な自然が次々と破壊されてきた歴史と、現在もその破壊が進行していることに対する反省から、地球的視野に立って自然環境を保護すべきことが強調されている。本件開発行為は、このような世界的な規模での自然環境保護の流れに逆行するものである。

また、各スポーツ・レクリエーション施設等が開業した平成四年七月以降の経緯からすれば、どこにでもあるゴルフ場、高額の入場料が必要となる水泳場等は、国民の長期滞在型のリゾート施設になりうるはずはなく、これらの施設を運営する被告が、経済的な浮揚の力になるどころか、莫大な負債を抱える企業となりつつあることは明らかである。

6  被告の再反論

(一) (形質変更許可処分の適法性)

原告らは、宮崎県知事がした形質変更許可が違法であると主張するが、右主張は失当である。

すなわち、国有保安林内に生育する立木を伐採しようとする者は、原則として森林法三四条一項に基づく知事の許可を得なければならないが、同項但書六号、森林法施行規則二二条の八第一項五号によれば、森林法三四条二項の許可を受けたうえ、当該保安林の機能に代替する機能を有する施設を設置しまたは当該施設を改良するため、あらかじめ知事に届け出たところに従って立木を伐採する場合は、同条一項の許可を要しない。

被告は、既に主張したとおり、宮崎県知事に対し、平成三年一月一四日、森林法三四条二項に基づく土石または樹根の採掘、開墾その他の形質変更行為許可を申請し、同日、森林法施行規則二二条の八第二項に基づき本件土地上に生育する立木について伐採届を提出し、宮崎県知事から、同月三〇日、その許可を受けたものである。したがって、宮崎県知事がした右処分に違法な点はない。

(二) (本件開発行為の適法性について)

原告らは、本件松林の使用が国有林野法七条一項に違反する旨主張する。しかし、森林レクリエーションの需要の増大や地域開発の進展等に伴い、土地利用に対する社会的、経済的要請にこたえながら国有林野事業の使命達成をはかるために、国の行政目的の遂行の支障とならないような土地の管理方式が必要となった。そのため、林野庁長官通達(昭和五四年三月一五日付け林野管第九六号)によって、国有林野を森林レクリエーション事業用地に使用する場合には、国有林野法ではなく国有財産法一八条三項の使用許可によることとされた。被告は、本件開発行為につき、宮崎営林署長から国有財産法一八条三項に基づく使用許可を受けている。したがって、被告は、適法に本件開発行為を行っていることになる。

7  本件の争点

本件における争点は、本案前については、原告らの本件訴えが請求権の特定あるいは訴えの利益等の訴訟要件を欠く不適法なものであるか否かということであり、また本案については、以下のとおりである。

(一) 被告の本件開発行為を含む本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事に違法性があるか。

(二) 被告の右各行為によって、原告らの財産、生命、身体等の法益が侵害され、また侵害されるおそれがあるといえるか。

(三) (一)及び(二)を総合して、原告らは、被告に対し、被告の右各行為の差止めを求めることができるか(これと関連して、原告らの主張する差止請求の法的根拠の当否も問題となる。)。

第三  当裁判所の判断

一  被告は、原告らの本件訴えが不適法であると主張するので、まず本件訴えの適否について検討することとする。

原告らの本件訴えは、被告に対し、本件土地における本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めるものであるが、その訴えの内容としては、原告らの本件訴えが提起された当時において、本件土地のうち宮崎県知事から形質変更許可を得た範囲の土地で被告が現に行っていた本件開発行為(第二の一3(一)及び(二))の差止めのほか、右範囲の土地における本件開発行為に限らず、被告が将来本件土地において行う一切の本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めていると解されるので、差止めを求める対象を以上のように区分したうえで、それぞれの場合について本件訴えの適否を検討する。

1  本件訴えのうち、本件開発行為の差止めを求める訴えについて

(一) 甲五二、乙二、一二二の二及び一二三並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告らは、別紙(六)記載のとおり、その大半の者が本件松林の西方概ね五キロメートル以内の地点に居住し、他の者も本件松林から概ね七キロメートル以内の地点に居住しており、いずれの原告らもその居住場所の土地及び建物を所有し、または建物を賃借している。

(2) 被告は、前記第二の一3(二)のとおり、宮崎営林署長から平成三年一月三一日に本件松林のうち別紙(三)図面記載の範囲一三三万七六五一平方メートルについて使用許可を受け、また宮崎県知事から同月三〇日にそのうちの別紙(五)図面記載の範囲六一万一五四九平方メートルについて形質変更許可を受けた後ころから、右形質変更許可を受けた範囲に生育する松などの立木を伐採して土地を開墾し、その跡地に別紙(四)記載の各種の施設の建設を始めたのであるが、その後被告が建設、設置を計画していた施設のうち、スポーツ・レクリエーション施設の全部(ゴルフ場、テニス場及び水泳場)と宿泊施設のうちのコテージ及びコンドミニアムその他は、その付帯施設とともにすでに建設が完了し、平成五年七月一日から営業を開始しており、その余の施設、すなわちコンベンションホール、宿泊施設のうちのホテル、販売施設のショッピングモール及びシステムモール等も、すべて施設の建設自体は完了し、現在は平成六年一〇月末日の営業開始の予定に向けて、営業に必要な備品の搬入、内装の手直しその他の営業の準備を行っている段階となっている。

したがって、被告は、宮崎県知事から形質変更許可を受けた別紙(五)図面記載の範囲の土地においで建設、設置を計画していた本件開発行為のすべての建築物その他の施設等を、開業準備のための内装工事等を除いて現在までに完成させているのであり、計画されていた本件開発行為のうち、未着手あるいは未完了のものはなく、今後は、本件土地のうち宮崎営林署長から使用許可を受けた別紙(三)図面記載の範囲の土地を、完成させた施設等による営業を継続するために使用することは当然として、右施設等を建設、設置した部分以外に残存している本件松林の部分につき、新たにこれを伐採するなどの本件形質変更行為に該当する行為や、新たに建築物その他の施設等を建設するなどの本件建築物等建設工事に該当する行為については、いずれもその計画はなく、現段階ではこれをまったく予定していない。

(3) もっとも、被告が開業準備のための内装工事等を行っていることは前認定のとおりであるが、これは、完成した施設の補修ないしは維持管理またはこれに準ずる行為であり、これにより原告らの権利ないし保護利益になんらかの影響が及ぶものではないから、右工事等は、原告らが本訴で差止めを求めている本件建築物等建設工事に該当するとは解されない。したがって、右内装工事等が現在行われていることは、被告が計画した本件開発行為がすべて完了していると解することの妨げにはならないというべきである。

また被告は、使用許可を受けた範囲の土地に残存する本件松林の部分において、一部の松の立木の伐採を行い、または今後も伐採を行うことがあるとしているが、この伐採は、松の立枯れの原因となるマツノザイセンチュウを媒介するマツノマダラカミキリの産卵場所を減らし、松くい虫による松の立枯れの被害を防ぎ本件松林を保全するための間伐として行われ、または行われる予定のものであると認められる。したがって、そのような伐採は、原告らが本訴で差止めを求めている本件形質変更に該当しないと解されるのであって、これらの伐採が行われ、あるいは行われる予定があるからといって、被告の本件開発行為がすでに完了していると評価することに変わりがないことになる。

(二) 以上の認定を前提に、原告らの本件訴えのうち被告の本件開発行為の差止めを求める部分の当否について検討する。

(1)  まず、原告らは、物権的請求権、対抗力ある賃借権または人格権に基づき右行為の差止めを求めているので、これらの権利について判断すると、他人により所有権その他の物権が妨害され、または妨害されるおそれがあるときには、その物権の権利者は、物権の完全な状態を回復するため、物権を妨害し、または妨害するおそれを生じさせる行為を行っている他人に対し、物権に基づく物権的請求権の行使として、妨害の排除を求め、あるいは妨害のおそれを生じさせる原因を除去して妨害を未然に防ぐ措置を講ずることを請求することができるとされている。また、対抗要件を具備した賃借権者も、他人により賃借権の円満な行使が妨害され、または妨害されるおそれがあるときは、賃借権に基づき、右と同様な請求をすることができる。

さらに、個人の生命、身体の安全、精神的自由、平穏かつ自由な人間たる尊厳にふさわしい生活を営むことは、いずれも人間の存在にとって基本的なものであり、法律上絶対的に保護されなければならず、これらに関する利益は、各人の人格に本質的なものであり、その総体を人格権ということができ、物権の場合と同様に、これが他人により妨害されたときは、人格権に基づきその妨害の排除を請求できるし、他人が妨害するおそれを生じさせたときは、人格権に基づき妨害のおそれを生ずる原因を除去して妨害を未然に防ぐ措置を講ずることを請求することができる。

しかし、これらの物権、対抗力ある賃借権あるいは人格権に基づく妨害排除請求権及び妨害予防請求権の行使としての差止請求は、その差止めの対象となった他人の行為が現に存在し、あるいは今後発生ないし存続する限りにおいて、差止請求権の存否及び内容を判断する訴訟上の必要と利益があるということができるのであって、差止めの対象となった行為が終了し、あるいは今後の発生ないし存続が予定されていないときには、その請求権は、給付の目的を失い、その存否を判断する訴訟上の必要と利益が失われることになるといわなければならない。したがって物権的請求権等に基づく右のような差止請求に係る訴えは、訴訟の口頭弁論終結時において差止めの対象となっていた被告の行為がすでに完了し、今後もその予定がないと認められるときには、訴えの利益を欠くものとして不適法であるということになる。

(2)  以上を本件についてみると、原告らは、前記(一)(1)のとおり、本件松林から概ね七キロメートル以内の地点に居住して、土地または建物を所有し、または建物を賃借している者であり、本件訴えは、このような原告らが、土地及び建物を所有している原告らについてはその所有権に基づき、建物を賃借しその引渡しを受けている原告らについてはその対抗力ある賃借権に基づき、これらの権利が妨害され、または妨害されるおそれが生じることを予め防ぐために、本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めるとともに、人格権に基づき、原告らの人格権が妨害され、または妨害されるおそれが生じることを予め防ぐために、同様の差止めを求めているものである。

ところが、前記(一)(2)及び(3)において認定した事実によれば、原告らが差止めを求めている対象である本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事のうち、被告が原告らの本訴提起当時に行っていた本件開発行為はすでに完了し、計画されていた本件開発行為のうち、未着手あるいは未完了のものはなく、したがって被告が本件開発行為に該当する行為を行うことは、今後とも予定されていないものと認められるというのである。そうとすれば、原告らの本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める請求のうち、本件開発行為の差止めを求める部分については、被告の本件開発行為の完了により給付の目的を失い、訴えの利益を欠くに至ったというべきであり、不適法というほかない。

(3) 原告らは、物権等の財産権及び人格権の他に、環境権または自然享有権に基づき本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めているので、これらの請求について検討すると、原告らの主張する環境権または自然享有権は、憲法一三条及び二五条に根拠を有し、みだりに環境を破壊または侵害し、国民の快適な生活を妨げ、または妨げようとする者に対して、妨害行為の差止めを請求できる権利であるというものである。

しかし、憲法の右各規定が、原告らの主張する環境権または自然享有権を個人の権利として保障したものとは認めることができないし、他に右各権利についての根拠となるような規定は実定法上見出しがたい。さらに、右権利の享有主体、範囲、要件、効果等については不明確な点が多く、権利の性質、内容が一義的に定まらないのであるから、このような権利の効果として、他人の行為に対する差止請求権を認めることは相当ではない。したがって、環境権または自然享有権といった権利に基づく差止請求権を私法上の権利として認めることは困難であるといわなければならない。

もっとも、仮に環境権または自然享有権に基づく差止請求権を私法上の権利として認めることができるとしても、前記(2)で判断したところによれば、原告らが右各権利に基づき、本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める請求のうち、本件開発行為の差止めを求める部分は、給付の目的を失って訴えの利益を欠くに至ったことが明らかである。したがって、環境権、自然享有権に基づき本件開発行為の差止めを求める原告らの訴えは、不適法ということになる。

2  本件訴えのうち、本件開発行為を除くその余の本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める訴えについて

(一)  前記1(二)(1)において判断したとおり、原告らが本訴請求の根拠とする物権、対抗要件を具備した賃借権及び人格権は、これらの権利が妨害され、または妨害されるおそれがあるときには、その妨害行為の排除を求め、あるいは妨害のおそれを生じさせる原因を除去して妨害を未然に防ぐ措置を講ずることを求めて、差止め等の請求をすることができる権利である。

ところで、裁判所法三条によれば、裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判するものとされているところ、裁判所の審判の対象となる法律上の争訟とは、法令を適用することによって解決することができる一切の紛争をいうものと解される。しかし、およそ権利主体である私人相互間における権利義務ないし法律関係の存否という事項は、抽象的、一般的には無限定に生じ、あるいは生じうるのであって、その全部について裁判所が公権的に判断する必要と実益があるわけではないことが明らかである。そしてこの点と、民事訴訟が権利ないし法律関係の存否を主張する原告の訴えの提起により一方的に開始されるものであることによる被告の応訴の不利益を考えると、法令を適用することによって裁判所がその当否を判断できる事件であっても、それが裁判所の審判により公権的に解決する必要と利益があるような紛争としての実体を備えていないとき、すなわち争訟としての成熟性を欠く場合には、それは、裁判所法三条にいう法律上の争訟には該当せず、裁判所の審判の対象とはならないと解すべきである。

また以上の点を観点を変えて検討すると、差止めを求める給付請求は、その性質上、当然に将来給付を求める訴えであるが、民事訴訟法二二六条によれば、将来給付の訴えは、予めその請求をする必要、すなわち権利保護の利益と必要がある場合に限って提起できるものとされている。将来の給付の訴えについて、同条により権利保護の利益と必要が特に要件として規定されているのは、将来の給付を事前に求める必要と実益は一般的に乏しいことが多いと解されるうえ、未だ紛争の実体を生じていない可能性の大きい事件を無制限に取り上げて解決することは、裁判所にとっても、応訴を強いられる被告にとっても、負担が大きくなって、民事訴訟制度の運営上の困難を来すものであるから、民事訴訟制度による紛争の解決が必要とされ、また、その解決が有効なものとなるような紛争を選別する必要があるからである。したがって、事件が現実的かつ具体的な紛争としての実体を有せず、紛争が未だ抽象的、観念的な段階にとどまっているときには、将来給付の訴えは、民事訴訟制度による解決が必要とされ、また、民事訴訟制度による解決が有効なものとなる段階に至っていないということになり、権利保護の利益と必要を欠くものとして不適法ということになる。

(二)  以上の観点からすれば、本件のような物権等に基づく将来給付としての差止請求は、その成立要件として、原告被告間に抽象的、一般的な権利義務ないしは法律関係が生じていることだけでは十分でなく、争訟の成熟性及び権利保護の利益と必要、すなわち権利義務ないしは法律関係の存否をめぐる紛争が原告被告間に現実的かつ具体的な問題として生じており、これを裁判所の公権的な判断により予め解決しておく実益と必要があることを要するということになる。

そして、これをさらに敷衍すると、将来給付の訴えである差止請求が適法といえるためには、差止めを求められている被告の行為によって、原告の物権等の権利が将来侵害されるおそれが、原告の主観的な観点から抽象的、一般的に存在するというだけでは足りず、客観的な事実関係に立って判断して、原告の主張する被告の特定の行為によって、近い将来あるいは今後継続して、原告の右権利が侵害されるおそれがあることが現実的かつ具体的なものとして予測されることが必要であり、この要件を欠く訴えは不適法であるのである。

(三)  以上を本件についてみると、本件において認められる客観的な事実関係は、前記1(二)及び(三)で認定したとおり、原告らが差止めを求めている本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事のうち、原告らの本訴提起時に被告が宮崎県知事から形質変更許可を受けた範囲(別紙(五)図面)において行っていた本件開発行為は、すでに完了し、被告は、本件土地において、今後は原告らが差止めを求めているような工事等をする予定はないということであり、それ以上に、原告らの権利を侵害するおそれを実的かつ具体的に生じさせるような被告の行為の存在を裏付ける事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

そうとすれば、原告らが差止めを求めている被告の行為のうち、すでに完了している本件開発行為の部分を除くその余の部分の差止めを求める原告らの訴えについては、原告らと被告との間で権利ないし法律関係の存否をめぐる紛争が現実的かつ具体的な問題として生じているということができず、また、裁判所が現段階においてこれを公権的に解決しておく実益と必要がある紛争とは認められないことになる。すなわち以上を要するに、原告らの右訴えは、争訟の成熟性を欠き、また現段階における権利保護の利益と必要を欠く訴えであるといわざるをえない。

したがって、原告らの本件訴えのうち、本件開発行為を除くその余の本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める部分は、争訟の成熟性を欠くものであり、裁判所法三条にいう法律上の争訟に該当するものとはいえず、また、民事訴訟法二二六条が将来給付の訴えについて要求している権利保護の利益と必要の要件を欠くものであるから、いずれにしても不適法な訴えというべきである。

(四) 原告らは、本訴において、環境権または自然享有権に基づいても、被告が今後行う本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求めているが、環境権または自然享有権は、1(二)(3)のとおり、これを私法上の権利として認めるのは困難であるといわなければならない。しかし、仮に環境権または自然享有権に基づく差止請求権が認められるとしても、右権利に基づく原告らの本件訴えのうち、本件開発行為を除いた被告が将来行う本件形質変更行為及び本件建築物等建設工事の差止めを求める部分の訴えは、前記(一)ないし(三)と同様の理由により、不適法であることが明らかというべきである。

二  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えは、不適法であるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三輪和雄 裁判官古閑裕二 裁判官梶智紀)

別紙一ないし六 物件目録、図面等<省略>

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